柔道整復師と「柔道」の関係って?

柔道整復師の有資格者数も9万人を超えたみたいで、世間での認知度も上がっているように感じるわね。
そうだね。
でも、私はなぜ「柔道」整復師という名称なのかが分からないわ。何か柔道と関係があるのかしら?
あるよ。(即答)
即答ね・・・あなた・・・ 詳しく説明してもらえるかしら?
OK。では・・・

日本には古来から「柔道整復」という伝統医療があったんだ。そしてその柔道整復術を使う人たちのことを「柔道整復」と呼ぶようになったんだよ。

じゃあ、その柔道整復術も柔道と関係があるの?
うん! 柔道整復術は柔道の中の「活法(かっぽう)」に当たるんだ。そして皆さんがよく知っている格闘技の柔道は「殺法(さっぽう)」に当たるんだ。
え!? オリンピック競技の柔道を「殺法」なんて言っちゃって不謹慎なんじゃないかしら?
そんなことないよ。これにはちゃんとした歴史(経緯)があるんだ。

柔道という名称が登場したのは明治時代になってからで、それまで柔道は「柔術」という名で使われていたんだ。

へえ。今の柔道と何か違うのかしら?
柔術は戦国時代から江戸時代まで、戦場での格闘術として使われていたんだよ。
戦場で!? どうして? 普通、刀や弓で戦うんじゃないの?
基本はそうだけど、もし刀が折れたり弓矢が無くなったりしたらどうするの?敵はこっちの命を奪うために襲い掛かってくるよ。どうする?
素手でも戦うしかないわね。自分の命を守るためだから仕方がないわ。
そうだよね。その状況でも相手と互角に戦うために開発された戦闘術が柔術だよ。

戦場で使うものだから、相手の腕の骨をへし折ったり、首の骨をへし折って絶命させる技もあったんだ。

怖すぎるんだけど・・・
明治時代になる頃にはさすがに「銃」を使う時代になったから、もう素手で戦うのは無理になった。だから柔術も廃れていく運命にあったんだけど、嘉納治五郎という偉い人がいろんな流派の柔術の良いところを融合させて、「柔道」として発展させたんだ。

その時に相手の命を奪うような危険な技は削除されたけどね・・・
柔道は戦闘術ではなくて、自己完成を目指す「道」だからね。

はぁ・・・
ちなみに、嘉納治五郎は日本のオリンピック初参加に尽力した人で、東洋人で初めてオリンピック委員にも選ばれた。「日本体育の父」とも呼ばれている。

自身は東京大学出身で教育者としても尽力し、今は全国1,2の進学校として有名な灘中学・灘高校の創設者でもあるんだ。

嘉納治五郎の唱えた「精力善用」「自他共栄」の精神は、今や世界中の武道家に広まっているよ。

(マニアックすぎる・・・ この人、なんでこんなこと知っているんだろう・・・?)
なるほど、柔術の殺法が柔道へと続いていったのは理解できたわ。では、活法である柔道整復術はどこから生まれたの?
さっき話した戦場での格闘術が 柔術の「殺法」で、柔術にはそれとは別に治療術である「活法」も備わっていたんだ。

戦場では当然ケガ人がたくさん出るけど、戦場に病院があるわけないからその場で応急処置をする必要がある。その応急措置の技が「活法」だったんだよ。

折れた骨を元の位置に戻したり、脱臼した関節をはめ直したりする技だね。

この柔術の「活法」が明治時代では「柔道整復術」として伝わり、それが大正、昭和の時代も柔道家たちの手によって受け継がれてきたんだ。

なるほど。柔道整復師は柔道整復を使う人で、その柔道整復術と競技の柔道は、昔は同じ柔術だったというわけね。

全部つながっているのね。私の頭の中もつながったわ。

補足説明すると、1920年(大正9年)の内務省令により柔道整復師という職業が誕生し、1970年(昭和45年)に柔道整復師法が成立、1989年(平成元年)の同法の大改正時に現在の国家資格になったということさ。
ふーん。 ところで、柔道整復術は柔道家たちの手によって受け継がれてきたのよね。今はどうなの?
一昔前までは、町の柔道の道場の横にある接骨院が多かったんだ。当然その道場の先生が柔道整復師で、その接骨院の院長だった。

でも今は養成施設が急増したこともあって、柔道の未経験者が柔道整復師になっているケースの方が多いみたいだよ。

ちゃんとしたカリキュラムと国家試験をパスした人しか柔道整復師になれないから、柔道の経験がなくても問題はないみたいだよ。

そうなのね。今日教えてもらったことは柔道整復師ならみんな知っているの?
いや、知らない人の方が多いんじゃないかな? 学校もここまでは教えないからね。君も今日から自慢できるよ!
・・・・・・ ありがとう・・・

もっとマニアック過ぎる情報

(やっぱりマニアックすぎるとこが気になるなぁ・・・) ところで柔術について熱弁していたけど、どうしてそんな昔のことに詳しいの?
柔術は最近またブームになっているからね。知っている人は知っているよ。
戦国時代にあったものが今またブーム!? どういうこと?
もっとマニアックな説明になるけど、いいんだね?
え・・ええ いいわ・・ どうぞ
今から15年ほど前の2000年ごろはヒクソン・グレイシーやホイス・グレイシーといったグレイシー一族が日本の格闘技界を賑わせていただろ?
ヒクソン・グレイシー? 知らないわ・・・
なんでだよ!400戦無敗の男っていうフレーズで有名だっただろ?
ご・・ごめんなさい!(なんで謝っているんだろう・・・)
まぁいいよ。彼らグレイシー一族の使う格闘術がグレイシー柔術という呼び名で話題になったんだ。
グレイシー一族って何人なの?
ブラジル人だよ。グレイシー一族以外にも多くのブラジル人ファイターが、この柔術のテクニックを使っているんだ。だから今ではブラジリアン柔術と呼ばれているよ。
ブラジル人が使うからブラジリアン柔術? 「柔術」っていう呼び名は違和感があるわね。柔術って日本語でしょ?
いいところに気が付いたね! 実はこのブラジリアン柔術のルーツは日本にあったんだ。
へえ、そうなんだ。
19世紀の終わり(1890年代末)ごろから、日本から何人かの達人柔道家が海を渡り、世界中に柔道を広めていったんだ。その中の代表的人物が”コンデ・コマ”こと前田光世。

前田光世は史上最強の柔道家と言われている人で、アメリカやヨーロッパで柔道を広めただけでなく、異種格闘技戦も行って1,000勝以上したと言われている。

とんでもない人ね。
そして1915年にブラジルに渡り、当時まだ少年だったカーロス・グレイシーに自身の持つ技術を教えたんだ。この時になぜか「柔道」ではなくて「柔術」として教えたみたいだね。

カーロスは末弟のエリオ・グレイシーと共に稽古に励み、ブラジリアン柔術としてこの技術体系を完成させたんだ。

その特徴は、今の柔道がテイクダウン(投げて相手を地面に叩きつけること)に重点をおいているのに対して、ブラジリアン柔術は寝技を中心とし、関節技や締め技など”極める”(きめると読む)ことに重点を置いている。

(後半の説明がよくわからなかったけど・・・・)
すごく実戦的な格闘技ということね?
そう! それはアメリカで行われたUFCという大会(ルールはほとんど何でもありの異種格闘技戦、キックボクシング・空手・ボクシングなど様々なジャンルから強豪選手が集めれた)で、ホイス・グレイシーが何度も圧勝で優勝して証明されたんだ。
ほんと、よく知っているわね。
そしてグレイシー一族は日本の総合格闘技イベントにも参加して、桜庭和志との対戦が話題になり大フィーバーになった。

同時にブラジリアン柔術も世界中に広まり、今やほとんどの総合格闘家がその技術を取り入れているんだ。もはや格闘技における寝技のスタンダードだね。

ブラジリアン柔術自体も競技として人気があり、今は日本でも競技者は多いよ。

昔日本から渡ったものが、形を変えて日本に逆輸入されたということね。
そうだね。こういう歴史も知ってみるとおもしろいよ。
柔道整復術はブラジルに伝わらなかったの?
それは伝わらなかったみたいだね。だから、柔道整復術を使えるのは今は日本の柔道整復師だけだよ。

日本古来の伝統医療だから、この技術は大切にしていきたいね。

そうね、ずっと続いていって欲しいわ。今日はマニアックなお話をありがとう。

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